今を作ったのも人間

ビジネス書で売れているというサピエンス全史を読んでみた。
歴史書(?)ではあるけれども、思想や考え方がどこか哲学的でビジネス的な存在だと確信する。

過去の労働は狩猟を行い、一生に接する人物は100人いるかどうかの世界で暮らしていた。それだけ、関わる存在がほとんどないと無駄な労力は必要としなかっただろう。しかし、現代社会はあまりにも発展しすぎた。便利になり、人間の負担は減っているかのようにも思えるが、良いもの良いものを求めすぎてサービスが過度になったり労力の割に得るものが少なかったりとストレスが増している。
電話ができるようになり、コミュニティの幅は広がった。いつでもどこでも機械さえあれば相手とつながれるようになった。電話ができない時間帯などは電話の発展からガラケーに進化することによりメールが打てるようになり、相手に配慮できる文字メッセージを送れるようになった。

だが、その文字メッセージがいつでも送れることにより、相手のパーソナルスペースを時に侵害するようにもなった。ただ単に仕事のメッセージを送り、見てもらえれば良いという配慮があれば良いのだが、時に返信しなければならないということが大きい。

時代はスマートフォンという情報が常に流れてくる機会を人間は手に入れた。欲しい情報は調べれば出てきて、欲しいものもすぐに手に入る時代となった。しかし、スマートフォン1つ所持しているだけで、相手から来たメッセージの即レスは当たり前、24時間に1回は携帯を使うだろうという観点なのか返信するようにと強要を用いられることが多くなった。返信しなければ、心配するどころか、この人とは関わってはならないという物理的配慮なのか距離を置かれることが多くなる。便利という当たり前の観点が無駄な労働力を作り出し人間の幸福度をますます下げているようにも思える。

昔の時代に戻ることはできないし、戻れとも言い難い。だが、過去の習慣から学べるところは噛み締めて今の生活の一部に当てなければならないとも考える。そうすればきっと、私たちの生活は豊かになるのではないだろうか。


サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福